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ろくにメールも送らない人間が手紙を書こうと思い立っても、文章など思いつかないものだ。こんにちは、元気ですと冒頭にそれだけ書かれて、悩んだ末に握り潰した紙くずも今年で五個目になった。思い立ってから毎年、夏を迎える度に書こうとペンを握るのだけどいくら頭を捻っても思いつくのは『こんにちは』までだ。他に言いたいこともないし。
 やっぱり左手しか使えないとなー。辛いわー、左手だけだとなー。右手使えればなー。
 嘘じゃないけど、理由は嘘です。単に僕の頭がお粗末なだけだ。
「……んー。休憩。まーたんおいで」
 ペンを置いて、読む絵本を選んでいたマユに左腕を広げる。マユは呼ばれた子犬が尻尾を振るように、諸手を挙げることで喜びを表した。そのまま体当たりするように飛びこんでくる。
「きぃーん」
「ぐばぶ」
 マユの額と僕の顎がごっつんこした。頬骨の横で、顎骨の付け根が軋みを上げた。普通、尖った顎のぶつかったマユの方が痛そうなものなのに、本人は笑顔で平然としている。額を赤くしたまま、「んー」と僕のお腹に頬を擦りつけていた。
「まー、おおぅ。顎がべきんべきん鳴る」
 喋ろうとしたら、こめかみの付近が違和感を訴えた。砂が中に混じっているように、粉の動く感触がして寒気が背中を走る。顎の骨が外れるんじゃないかと、つい手で下から押さえてしまう。そんな僕の心配をまるで意に介さず、ご機嫌そうなマユになんだか安心してしまう。
 知人に手紙の返事を書こうと思い立ち、早五年。成果は未だ上がらない。ちなみに誰かに手紙を書いているなどと言ったらまーちゃんに手紙と一緒に引き裂かれてしまうので、マユ宛にラブレターを書く練習としてある。幸い、今のところの内容がコレである。悲しいことになんにも疑われることはない。
いやぁ、それにしても相変わらず嘘ばっかりついてるね。
 僕もマユも変わらない。変わるのは、見た目がちょいと大人びたことぐらいか。
「はっはっは」
「んにゃー?」
 頭を撫でて色々とごまかしつつ、マユを膝の上に抱いた。
 色々あってから、五年が経つ。
マユと『再会』してからの一年は僕の人生の中で二番目に濃い日々だったけれど、最後の事件で一つの境を越えたように周辺も落ち着きを取り戻していた。といってもこの五年、なにもなかったわけではない。マユと生きるということは、平穏と無縁ということである。
それなりに苦労して、それなりに失った。得るものは特にない。
 それに僕は嫁が他に四、五人いるからなぁ。はははー、忙しすぎて一度八つ裂きにでもされないと身体が保たないぜ……というのがあんまり冗談じゃない身の上だが、まぁそれなりに健康に生きている。左手で箸も使えるようになったし、『ゆなりん』のファンクラブにも強制入会させられた。クラブ名は『ゆなりんりん』だ。りんりんするのは結構だが、出会う度に年会費の名目で小遣いをせびり取らないでほしい。犬か妹のおやつ代に当てるだけなのだから。

 ちなみにそのゆなりん、どういう経緯か不明だがピアニストをやっている。しかもそれなりに人気の歌手と組んで、成功を収めている。素性を探られて公表されたら色々と困る立場のはずだが、意外に長期間バレないまま続いていた。そのことで『運がいいな』と言ったら、『皮肉にしか聞こえないわ』と返されて、それもそうだと納得した。

 後はゆずゆずのアレヤコレヤが高校生のときより更に成長したとか多少の話題はあるが、概ね平和といえる。生きてきてこんなに穏やかに暮らせているのは初めてで、戸惑いさえあった。
ちなみに恋日先生は今もニー日先生だ。外の日にほとんど当たらなくなったからか、最近では五年前より若返っているような印象すら受ける。その内、僕の方が年上になるかもしれない。

「まーちゃんも手紙書く?」

 書き方の参考になるかなぁと思って誘ってみる。が、簡単に拒否された。
「やーだー。お手紙より直接言った方がいいもん。みーくんちゅきー」

「うむ」