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(この作品は完全なるフィクションであり、登場する人物、固有名詞等は一切、実在いたしません。あくまでも架空の読み物であることを念頭に置いてください、いや頼むよ)

 

『ピザと迷ったのですが、お寿司に決めました』
「は?」
『さぁこの指定の番号に電話し注文、速やかに帰宅して支払いを済ませなさい』
「……それ近所にある銀の皿の番号だろ」
 宅配寿司を注文しろということらしい。いきなりなんなんだこいつは。
 しかも僕の部屋に来ているらしい。鍵は……かけ忘れた気もする。
『あなたを祝ってあげようというのです、遠慮しなくて結構ですよ』
「僕はきみに遠慮しなくていいって言ったことないんだけどな」
『あ、それとサビ抜きにしておいてください』
「大体、お祝いというならどうして僕が払うんだ」
『私も今日でデビュー八、いや九? 七? ぐらいですから』
「へーそりゃすごいねー」
 冷蔵庫の戸を開ける音がさっきからばたんばたんうるせーんだけど。
 用事は済んだとばかりに電話が切れた。やや迷ったが仕方なく、道端で携帯電話を弄る。日の下だと画面が黄色く染まって、しかめ面にならないと確認できない。手で覆いを作りながら画面を操作して、登録済みである銀の皿の電話番号を押す。僕の人生の大きな失敗の一つは、やつを師匠と呼んでしまったことだろう。これから一生、師匠風を吹かされそうだ。
 感慨はないが、小説家としてデビューしてから早五年が経つ。僕にとっては今言われて気づくぐらいのことであり、別段、思うことはない。五年くらいなら結構な数の作家が続く。
 それより歩道側の信号が変わるのを待つ間、外灯の柱に側頭部をくっつけて思うことは日が長くなったなぁとかそんなことだった。午後四時過ぎだけど、少し乾いた印象があるだけで日差しの高さが変わらない。黄色い青空、という表現もおかしいけれど、黄ばんだ空模様が煉瓦造りの壁や不二家の旗を染めている。生温かった風が段々、湿気を含んで重苦しくなっていた。
 今日は大学に行った後、駅の前を通過して更に坂を下ったところにある本屋を冷やかしていた。マンションの一階にあるその本屋で、著作を○○○の新刊とか、○○○○の文庫下ろしの上に重ねて置いてきた後に店を出て、帰る途中に今の電話がかかってきた。
 やつも僕も未だに大学生だった。仕事を言い訳に部屋に引き籠もった結果として単位がまったく足りないので、早い話が留年している。坂に咲き誇る桜はさすがに見飽きた。
 仕事柄、慌てて卒業する必要がないうえに授業料を支払う余裕があるため、この立場に危機感を抱くことがまったくなかった。昼ご飯を食べるのが面倒なとき、学食という選択肢があるとありがたいのだ。というわけでやつは『美人女子大生作家(笑)』を継続中である。人に夕飯をたかるところは一向に変わっていない。
 今度もまたなにかアニメ化するらしく、この間はその自慢にやってきていた。この五年で追いつくどころか、一歩も距離を詰められていない。今は周回遅れにされた後、それをからかうために並ばれているようなものだ。僕は一生彼女に追いつけないのだろうと思う。
 彼女には才能だけでなく、強運がある。何年も作家をやっていると、実力というものが『評価』されるためには、運も大きく関わっているのが分かる。ある程度上位までいくと、創作の能力というものは横並びに近くなっていく。僕の著作が運のいいことにそれなりに売れているのは、それなりの運があるからだった。
 しかも困ったことに運命というものは、才能を好む傾向にある。だから才能のあるやつは運にも恵まれて一層売れていくし、ないやつはツキにも恵まれない。この悪い流れをどうにかしないといかんなぁと自覚してはいるのだが、たかだか小説家がこの世界の理を変えられるわけもなく、甘んじて、今に至る。

 通りかかった小さな地下鉄の入り口を横目に、ふと思い出す。

 五年前、ここへ越してきたときのことを。

 あのときの僕は作家じゃなかった。作家に憧れるだけの新入生で、偶然に同じ大学に通う彼女の存在を知ったばかりだった。高校生の頃から作家として活動し、大学内の書店で特集の棚を作られるそいつは入学式の席でも大々的に紹介されるような人気を誇っていた。

 壇上で学長と握手をする際の、その眠たげな目つきと無愛想な面構えは僕の目に強く焼きついたものだ。まさか数年後、首の後ろが痛くなるほど見上げたそいつと並んで学食の席を取り、肘をぶつけ合いながら昼飯を食べることになるとは、一体誰が想像できただろうか。

 五年間。なかなかに長い時間だ。僕の本を読んでいた高校生がもれなく成人してしまうだけの歳月は、あっという間に過ぎていったように思える。五年もなにをしていたんだろうと、どこか曖昧だ。本棚に著作を並べるのも面倒になってきた。重版した本を置く場所などあるはずもなく、床に積んで埃を被る始末となっている。最初に本を出した頃では考えられない。
 僕は変わった。大学の入学式が昨日のことのように思い出せる一方で、確実に環境は変化している。蟻が進むように人間の変化は些細の積み重ねで、毎日鏡を見ていたってなにも気づけないのだけど、ちょっとしたきっかけを機に強く意識するようになる。体力の低下なんて、それの代表みたいなものだろう。僕の場合も、最近は徹夜を二日続けるのが辛くなった。

 変化を意識せざるを得ない中、僕は帰路に就き、なぜか寿司代を払わされる。
こういうところはなんにも変化がない。いいのだろうか。

 そして変わった仕事が舞いこんできたのは、その日の夜だった。

 

『つまり全部やるんです』

「はぁ」

『小説も漫画もアニメも原案、というかシナリオ書いて。あ、主題歌の作詞もです』