WEB小説 入間人間のウェブ限定小説が読めます。

PAGE1

 一週間前の晩飯も思い出せないような私だが、7年前のこの季節のことはよく覚えていた。当時、大学生だった私はペルソナ3にはまっていた。耐性が一切なく、弱点は二つあるというまぎれもなく最弱である初期ペルソナ、オルフェウス縛り単独プレイに熱中していた私はその日も風呂上がりに『暑い暑い』とゆであがりながら、ムドで死にまくっていた。
 友人など一人もいない私の携帯電話が珍しく鳴ったのは午後六時を回ったところだった。風呂の熱気が冷めやらぬまま取った電話には、登録されていない番号が表示されている。悪戯か間違い、どちらかだと決めつけた私はものっすごく愛想なく電話に出た。あの頃は髪が短かったが、もし今出ていたら髪は貞子のように下りて一層、おどろおどろしいものを演出できていただろう。電話をかけてきた相手はちゃらそうな声のニイチャンで、やはりまったく記憶にない声だ。しかしなぜか○○さんですよね? と私の名前を知っているではないか。駅前の英会話教室に勧誘されたときもいけしゃあしゃあと偽名を名乗り、住所は『引っ越したばかりだから覚えていない』と大嘘をついて書かなかった私が、どこで気軽に名前を教えていただろうか。
 大学関係者かな? と最初は思った。だがその会社への行き帰りに二度も職務質問を受けそうな声のニイチャンは電撃文庫の編集者と名乗った。
 正直、なんのことかまったピンとこなかった。私は確かにその年、電撃小説大賞に投稿していた。しかし7月10日にwebで発表された一次選考者の名前が多すぎたので、上から三人ほど読んで『あーもうこれはない。ないな』と切り上げて、確認を怠ったのだ。
 その後はペルソナ3をタマネギの皮を剥く猿のごとく遊び倒していたので、小説のことなどまったくもって忘れてしまっていた。だからいきなりこのような電話がかかって、熱くてぼーっとしていた頭に理解しろと言われても無理があった。なにか応募の粗品でも貰えるのかと勘違いした。だが話をよくよく聞いてみると、最終選考に残ったとか言い出したではないか。
 うぇいうぇーいと驚いたのは語るまでもない。気が動転して、実はまだ半裸だった私は肩にかけていたバスタオルも放り投げてその場で正座して、前屈みに座り直した。目の前ではペルソナ3の画面と曲が流れて、主人公が電撃攻撃でいじめられていた。このゲームの都合上、耐性として補強できるのは雷と闇のどちらかなので、即死魔法を怖がって雷の方を疎かにしていたら、いやー転ぶ転ぶ。主人公は電撃よりも尻の方にダメージが酷いのではと思うほど尻餅をついていた。が、それよりも今は大事な電話中だった。密かに音量を落とす。
 そうして出会った徳島出身の男は私に電話番号とメールアドレスを教えて(ちなみにこのメアドを聞き間違えて、後に少し問題となった)、選考の結果は二ヶ月後に出ると言い残して電話を切った。その結果がどうであれ小説家としてデビューは多分できますと言われたことで調子に乗った私は、電話を終えた直後に全力で駆けて下へ行き、パソコンの前へ飛びついた(私のパソコンはネットに繋がっていないのだ)。そして一度目は面倒くさがっていた一次選考者の名前を上から順に見ていった結果、確かに自分の作品とペンネームが記載されているではないか。
 これで恐らく悪戯電話の線はないだろうと喜んだのは説明するまでもない。
 そうして騒ぎが落ち着いた後に部屋の隅をふと見たとき、私は思わず「あ」と声をあげた。そこには箱に入ったままのパンチがあった。私はその年の三月、小説投稿に必要だからと名古屋駅の地下にある文房具屋で一番値段の張るものを購入した。値段は9800円ほどだったと記憶している。気合いを入れてさくさくと応募原稿に穴を開けたのはいいが、これで小説家になれるというのならたった一回使っただけで不用の品になってしまったのだ。損をした、とは言わないが思い出すと切なくなるものの一つである。これ、大学へ行く際に買って無理に鞄に入れたので、持ち運びにもめちゃくちゃ重かったのに。ちなみにこのパンチくんはその後、父親がもらっていった。今でも現役で活動しているかは定かではない。がんばれパンチくん。
 それから二ヶ月後、受賞は逃した(むかっ)という連絡がきて、よしじゃあ新作書いて来年の6月あたりにデビューしようねという話になった。実は投稿作品でデビューする予定ではなかったのだ。落ちたけど(むかっ)がんばろうという意気込みで就職活動を完全に無視した私は学校に通いながらも一ヶ月で原稿を完成させて、緊張しながら編集者に送った。
 結果は歴史を見ても分かるとおり、ボツにされた。ほとんど覚えていないし原稿も失ったのだが、確か両足を切断してタンスに隠れるという場面があった。どうしてそうなったかは忘れてしまったが、そんな内容だった気がする。まぁ単純に面白くなかったのだろう、多分。
 そうした過程を経て、やはり投稿作を修正してデビューする算段となった。主人公も性転換したし、さぁ売るぞとがんばった。これがこけて小説家としてのめどが立たなかったら、就職活動もほっぽり出したので他に道がない。退路なしでの発売であった。
 ちなみにこうして世に出たみーまー、最初はあまり売れなかった。後年、編集者は頑なに『そんなこと言ってませんよ』と否定しているが、実はぽろりと言ってしまっていたのだ。しかし今振り返ると非常に運がよかったのだが発売してから約一ヶ月後、世間にはヤンデレブームなるものが到来していた。特集雑誌も組まれてその中に私の作品も入っていたのだが、そのあたりから重版がどんどんかかるようになってきた。世の中、運がよくなるときもあると思った。 売れたことで同時に引き伸ばしも始まってしまうことになるのだが、それはまた別の話。

 

 この季節には大きな衝撃と人生の転換、そして喜びがある。それと同時に残暑の尻尾を踏むような二ヶ月後、大いなる憤怒を迎えたことを思い出してしまう。落選の記憶は強い。
 私は今でもあの結果に納得していない。選ばなかった審査員に対しても、同時にその程度の作品しか投稿できなかった自分にも否定的だ。当然だが、特に審査員。こらこらって感じだ。
 私は納得したいがために小説家としての活動を続けているといっても過言ではない。納得はすべてに優先する! とどこかの面白ギャグを飛ばす人も言っているが、あの言葉はまさにその通りだ。果たして私は、小説家としての活動を終えるまでに納得できるときがくるだろうか。
 むしろ続けていくのなら、最後まで納得してはいけないのかもしれませんが。

 というわけでオルフェウスの耐性設定にも納得しない。せめて火炎耐性ぐらい……。