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 今月の10日あたりから、サイン会のために台北へと出張した。海外へ出るのは果たして何年ぶりだろうか。少なくとも仕事のために向かうのは8年かそこらの時間が空いていた。
 前回は香港だったと思う。たまに上海か迷う。恐らく香港である。
 新幹線遅延等のトラブルの可能性も考慮して前日から東京入りとなった。そして決して長くはない距離を移動しただけで足の人差し指の皮が剥けるという有様だった。駅から2分で行けるという案内だったのになぜか十分かかったのが原因だろうか。坂多かったし。それとまだ履き慣れていない草履など履くからである。先行きが思いやられた。
 あと夜中、ホテルのロビー近くにあるパソコン(百円で十分の使用ができるやつ)でプリントアウトできなくて困っている外人に助けを求められた。小生も知らんよ、と突っぱねたかったがそうもいかない空気を感じたのでやむなく代わりに操作した。和服の小生を見ればパソコンなど縁遠そうだと思わないものだろうか。
 翌日、電車で羽田へと向かう。ちなみにホテルで道を教えてもらったら、本当に駅へ2分かからないで着いた。案内は嘘じゃなかったのだ。しかしなにかが間違っていたので十分かかったのである。原因は特定しがたい。
 羽田で編集者と合流した後、手続きを済ませてラウンジに向かう。ラウンジはカレー臭かった。その匂いにつられてカレーとから揚げを食べる。8年前のラウンジは五分くらいしか時間がなかったので、駆け込んでチーズを食べて慌てて引き返したのだが、今回は余裕があったので助かった。外人がから揚げを十五個くらい食べながらビールをガンガン摂取するのをぼーっと眺めながら出発の時を待つ。振り返った先では飛行機が大雨に打たれていた。
 向こうの天気はどうなのだろうと、やや不安になった。
 飛行機はビジネスクラスだった。イェーイ。前回もそうだったけど。前回は英語の質問を適当に返事していたらベジタリアンと思われたらしく、チーズとアイスクリームを大量に食べさせられた。今回はそんなことはなかった。ピーチメルバとか食べました。
 そんなこんなで三時間ほどかけて台北へと到着する。この日の温度は38度だった。熱風が南国を連想させる。向こうの方に出迎えられて、小生の希望で淡水へと観光に向かった。海に映る夕日が綺麗だと聞いていたので是非、一度眺めてみたかった。晴れているか心配だったが、やや雲は多いものの太陽が頭の上にあった。
町並みは雑多で、隙間が少ない。とにかく看板と建物が隙間なく町を形成している。よく言えば賑やか、悪く言えばごちゃごちゃとして纏まりがない。でもそういう雰囲気は、外から眺める分にはなかなかいいなぁと思う。異国に来ている感覚を早くも味わう。
 台北ではスクーターがとにかく多い。駐車場を確保できない人が多いかららしいが、何十台と走っている。歩道にも邪魔になるほど停まっている。しかも三人乗り、四人乗りまで散見される。それが車の脇をびゅんびゅん通り抜けていく。小生が運転したら五台は巻き込むだろう。
 淡水は海に近い町で、屋台が非常に多い。いや台北ではどこも屋台多くて連日縁日の如くではあったのだけど。漁師の神様を祭る場所もあったりと、海に関連したものが多い。イカ(花枝と書いてあった)の屋台が多かった。あと、鉄蚕といううずらの燻製や、梅ジュースを飲んだりした。梅ジュースは酸味がきつくなく、小生でも美味しく飲むことができた。
 射的場もあって、エアガンの発砲音がいやにリアルでビクッとした。
 リアルだった。
 広大な川と海の境目に面した道を歩く頃には背中まで汗だらけで、湯気に紛れるようだった。蒸し暑さに参りそうになるが、歩いていくにつれて潮の香りが風に混じるようになって、気は紛れる。夕日の時間が近づく頃、船に乗る塩梅となった。
船なんて乗るのは高校生の時以来ではなかろうか。懐かしいなぁと回顧に浸る、暇もなかった。なにしろこの船というものが凄かったのである。黒い煙をガンガンに吐き出しながら海を突き進むそれは遊覧などとはほど遠く、漁船にでも乗ったかのような揺れ具合だった。猛烈な速度で水上を駆けて、その辺の柱に掴まっていなければ確実に外へと投げ出されたことだろう。汽水域のそれは海の方へ近寄る度、その波を強める。船体も派手に上下する。実に楽しかった。船の水を掻き分けた飛沫さえも、身を乗り出すように眺め続けた。
 そうして船に乗って海を巡り、着いた港から丁度、伸びる夕日にじっくりと向き合った。
 潮の淡い手触りを含んだ風が、噴き出した汗を払う。
 真っ直ぐに放たれる柔らかい夕焼け。
 賑やかな町中と切り離された、波の音だけが残る寂寞。
 自分にとって心地良いものが溢れていた。
 ただ素晴らしいとしか言えない時間を過ごした。
 ちなみに案内してくれた方は、この場に溢れるカップルを粉砕したいと笑顔で話していた。
 それから夜になって案内されたのは、台湾の大衆食堂のような場所だろうか。この後もそうなのだが、こちらでは豆腐とタケノコの料理が非常に多い。あとウナギの蒲焼きも食べた。妙に肉厚で穴子のような味わいである。……ウナギ?
 それとスイカジュースというものも飲んだ。スイカをしぼってそのままの味わいであった。
 その後はお茶屋に連れて行かれて、様々なお茶を試飲させてもらった。はーだのほーだの香りを嗅いで反応していたが、実のところ、小生は半ば分かったふりをしていただけだった。多少味が違うのは分かるが小生、熱い茶はそもそも苦手である。田舎育ちの無骨者ゆえ、冷えた麦茶の方が性に合う。ただ一緒に出された茶菓子はどれもおいしかった。甘いものはやはり良い。
 お茶の試飲が終わった後は時間になったので、足裏のマッサージに連れて行ってもらった。足のツボを刺激するらしいが、痛くないかと不安であった。日本の接骨院では客で一番うるさいやつの太鼓判を押して貰っているが、異国で恥をかくわけにもいかず耐えに耐えた。経絡秘孔でも突かれたように表情があちらこちらに歪むのを自分でも感じたが、担当のおねえちゃんと目が合う度に大丈夫大丈夫とうそぶいた。大丈夫星人と化した四十分であった。