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『ようやく携帯電話を充電することができた。しかし電力が限られている以上、余分なことを書き記す余裕はない。簡潔に書く。私は記録をつけようと思う。万が一記憶を消去されても次に繋がるように。いつ頭の中を弄られてしまうか分かったものじゃない。しかし記憶を書き換えられても携帯電話を確認すれば、いつかはこのメールにも気づくだろう』
『懸念としては記憶を消された際、携帯電話の内容も確認されかねないということだ。そうなればこの記録も消されてしまうだろう。早急に対策を考える必要がある。明日を私が迎えられるとは限らないのだから』
『私は現在、Cクラスに属している。そして他の連中はB、Aと上のクラスを目指すことを目標としているようだ。上のクラスへ昇格できれば、待遇が向上する。皆、そう信じている。しかし本当にそうなのだろうか。そんなことを一体、誰が保証してくれたのだろう』
『昇格のためには時折行われるテストで優秀な結果を収めればいいようだ。そのテストの内容は誰も教えてくれない。教えてはいけないというルールを管理側が課しているのか、自発的に秘密にしているのかは分からない。誰かの首を締め上げれば白状させることは容易いが、強引に知ったことで不都合が起きないという保証もない。もしこれを読んでいる私がまだテストの内容を知らないというなら、何日か後のメールを読めば詳細を知ることができるかもしれない』
『仮に読まないとしても、周囲を観察して同様の準備に着手することは大事だ。少なくとも私は昨日からそうしている。他の連中は食料、飲み水の確保に勤しんでいる。そして、携帯電話の充電を普段より多めに行い、電話自体の使用を控えている。どちらも貯えようとしているのが見て取れた。テストと関係しているのは間違いない。私も飲み水ぐらいは確保しようと、』

 

「切れた」
真っ黒になった画面にぼくの鼻が映る。電池切れのようだ。一日分の労働の対価を費やしても、数分しか電話が保たない。以前のぼくの残した記録が細切れで、短い理由が分かる。
携帯電話を閉じてから、ベッドに寝転ぶ。残念なことに『テスト』の内容を今日、知ることはできなかったけれど他の部分も十分、考えさせられるものがあった。
まず一人称が私であること。そういうぼくも以前にはいたということだ。そのぼくが記録を残して、しかしやがて記憶を消されてしまったのだ。そのぼくが懸念した携帯電話の処遇だけど、どうやら消されないで済んだようだ。或いはこうして記録を残すことも、管理側としては織り込み済みなのかもしれない。その意図はまったく分からないのだけど。

 しかし、他人を痛めつけて情報を吐かせようとする発想が自然に思いつくあたり、今のぼくとは性格に大きな差を感じない。この状況を理不尽とも捉えず、淡々と順応している点も似通っていた。恐らく『私』も、記憶を消されていたのだろう。ぼくはここに何ヶ月、いや、下手をすれば何年も住んでいるのかもしれない。こんな地下で、誕生日を迎えたことがある?
なんだか、現実味が湧かない。ここでぼくが歳月を重ねて、成長しているなんて。
違和感しかないので、それ以上考えるのは止めておいた。
さて次。肝心のテストについて。
これに関しては明日、また携帯電話を充電した際に内容を確認しておくことにする。事前に知っておけば行動の指針も立てやすくなるだろう。それが記録を残すことの意味だ。また、『私』はテストの結果によって昇格するという流れに、ある種の疑問を抱いている。
こんな施設に放りこまれている現状を省みれば、『従う』ことに危機を覚えるのもおかしくはない。他の連中はどうなんだろう。少なくともDクラスから昇格すれば、待遇は多少なりとも改善された。それが心の拠り所となっているのかもしれない。
夏美が良い噂話を語っていたように、Cクラスの希望はそこにしかないのだろう。夢のような好待遇、好環境。それがぼくたちの頭の上にあるのなら、見上げてしまうのも無理はない。
だけど裏を返せば、たとえAクラスまで上り詰めても結局は、この施設から出られないということだ。
それを目標とするのはどうにも気が乗らない。では、ぼくの目指すものとはなんだ。完全なる自由? 脱走? それもピンとこない。第一、脱走は一人では無理だ。徒党を組んでも、出口さえ分からないのでは難しい。そう可能性を潰していくと、脱出が現実的ではないと知るから、乗り気ではないのだ。じゃあ、今のぼくが望むこととは。
「……知りたい、かな」
この施設の意味を。ぼくがここにいる理由を。知ってみたい。


漠然としながらも、願っているのは理解だった。それは自由や平和ともまた異なる平穏への繋がり方となる。心の安定を求めていることに、Aクラスを目指すことも、世界の真実も変わりはない。これでぼくの目標というべきものは決まった。
後は……なにもない。
前髪を掻き上げて、少し迷い、やっぱりなにもないことに納得する。
だから早々に眠ることにした。消灯の時間にもなっていないので部屋はまだ明るい。対策としてかけ布団で顔を覆う。日に当てて干していないからか、カビ臭い。それを嫌って寝方を変えて、俯せになる。薄っぺらい枕に顔を埋めて、数分経ったところでまた寝方を変えた。
「……じゃまだ」

 俯せに眠ると胸が潰れて痛い。寝返りを打って横向きに変わる。すると、途端にお腹が鳴いた。夕飯も一切取っていないとあって、胃が引き締まるように痛む。

空きっ腹に関しては、心が平気でも身体が収まらない。何度寝返りを打っても胃のところに空いた隙間は埋まらない。我慢は簡単だが、このままでは一向に眠れそうもなかった。
身体を起こす。他の部屋へ食料を奪いに行くか、しばし悩む。夏美の言葉が正しければ近いうちにテストなるものが行われる。となれば、それぞれが食料、飲み水を溜め込んでいるはずだ。それらを奪い取れば、とりあえず今晩は熟睡できるだろう。けれど多少の恨みを買うことで、今後の生活に支障が出ることも否めない。