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 少なくとも、道は一つというわけではなかった。この場から即刻逃げるという選択肢もまだ生きていた。変形して飛んで町へ逃げ帰ればいいのだ。でも追いかけてこられたら町に恐怖を呼び込むことになりかねない。そういうものを無視できれば、未来はもっと広がる。
 広がった先にも、きっと荒野しかないのだろうけど。
「……さて」
 移動する度に、衝撃と、機体の緩みを感じ取る。中身も外側もぼろぼろだ。
 対峙する黒い機体は、様子を見るようにその場から動かず、向きだけを調整して私を追いかけている。カァールディスには武装がない。携行武装なんてものもないから必然、攻撃するとなれば距離を詰める他ない。近寄って、ぶん殴るか突き刺すただそれだけだ。さぁどうしよう。
 真っ先に後方へ引くのも抵抗があり、右へとゆっくり移動し続ける。黒いロボットが青い光を撃ち出してくるのは覚えていた。当たってどうなるものか分からないけど避けた方が賢明で、それなら棒立ちはいかにもまずい。そう思って、すり足するように回っていた。
 それがいかに暢気な誤りだったかと悟るのは、一瞬だった。
 黒い機体の足もとに青いものを見た瞬間には、遅かった。
 ふわっと、コクピットが浮き上がるようだった。
 あの青い光が、こちらの足もとで爆ぜる。
 黒い機体は足からそれを撃ち出し、砂の下を伝ってきたのだ。
「そんなの、」
 ありっ、と目を剥いている最中には既にカァールディスが跳ね上がっていた。派手に噴き上がる砂と共に舞い、機体の操縦が手元から離れる。更にその砂の隙間から、黒い手が伸びた。
 跳躍して迫ってきた黒い機体がコクピットを埋め尽くす。
 悲鳴が上がるより早く、カァールディスの喉元を掴まれていた。
 喉が詰まり、声を失う。
「……え?」
 ロボットの喉を潰されて、なぜ私が苦しいのか。
 混乱する。状況さえ見失いそうになって、けれどそれは許されなくて。
 砂塵を纏いながら、砂の大地に叩きつけられる。そこから前と同じように、カァールディスに馬乗りとなった黒い機体は、今度は静観ではなく行動に出た。振りかぶった黒腕を、コクピットへ沈める。思わず目を瞑り、貫通するような衝撃に襲われて全身が縮み上がった。
 それが一発では終わらない。コクピットを執拗に殴り続けてくる。剥がす気もなく、そのまま中身ごと押し潰すように。今はコクピットが耐えていても、限界が訪れるのは時間の問題だった。
 コクピットごと圧死。機体は違えど、学校の先輩が何人も怪獣に食いちぎられる様を思い起こす。
 腹でも食い破られるような恐怖に腕が震えて縮こまる。
 奥歯から気泡のように恐怖が漏れては、視界を狭めていった。
「トモカ」
 呼ばれて、縋るように振り向く。
「もっ」
 いきなりチョコの指が、唇の間に割り込んできた。
 予想外の侵入に反応もできず、目を見開く。
「もがっ」
 砂だらけの指が引っこ抜かれる。なんだ一体、と見開いたままの目より先に、舌がそれを捉える。多少の砂の感触と、より大きい固形物の存在だ。チョコが置いていったそれを舌の先端で半ば無意識に舐めて、その過激な味に頬がすぼまる。頬肉の内側と舌の根っこが痺れた。
 音さえ耳に入らなくなり、頬に手を添えて悶える。
 甘い。
 猛烈に、甘い。芋をかじったときのそれと比較しても、圧倒的な糖分が物量に任せて口内を攻め上げてくる。太陽か、熱の塊が口の中で溶けていくみたいだった。
「なにこれ、なにこれっ」