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「きみはいつも同じ服だね」
「これしかなくてですねぐへへへ」
 服の端を引っ張りながらカナが笑ってごまかす。そんなカナを下から上へと観察するように眺めて、頬杖をついている女もまた、柔らかく頬を緩める。
「髪もいい加減で、元はいいのに勿体ないな」
「いやぁさっぱり」
 言葉を選ぶことなく勢いでカナが否定する。褒められた経験の少なさが如実に出ていた。
「今度、服でも買いに行こうか?」
「あー、えー、そっすねー」
「ま、きみが不便を感じてないなら構わないけどね」
 女がベッドの端から立ち上がって、テレビが設置された台の下の小型冷蔵庫を開く。雑に斜めに突っ込まれたペットボトルのお茶を取り出して、カナに向けて放る。緩い曲線を描いたが、カナはあたふたしながら額の前で受け取る。仰け反るようなその姿勢に女が微笑みながらベッドに戻る。
 やっぱり服を買った方がいいだろうか、とカナが自分の胴を見下ろす。
 工房では着古したシャツをだらしなく着ているだけなので実際、困りはしなかった。
 誰かと会うといっても今こうしているくらいなのだ。
 場所は駅前のビジネスホテルの一室だった。
 女の名前は新城雅。金糸のような色合いの髪と薄い唇により、全体に細い印象を与える女性だった。長い髪は左側で纏めて肩に垂らしている。スーツ姿だが靴と靴下は脱いでベッドに腰掛けていた。組んだ足の指先が時々曲がっている。
 カナはこの女性と一年前にちょっとした事件から出会って以来、こうして時々会おうと誘われる。その理由を聞いたとき、雅は人当たりの良い笑顔と共にこう答えた。
『悪意がないから』だと。
「ホテル暮らしなんですか?」
 前から疑問に思っていたことをカナがようやく口にする。
 出会う場所はころころと変わるが総じて、ホテルであることが多い。
「借りてる部屋はあるけど、あまり帰ってないな」
「勿体ないっすね」
「そうでもないさ。わりかし、命は大事にしてる方だよ」
 雅の返事はカナにはピンと来なくて、緩く首を傾げるだけだった。
 向き合っていると誰もそう読み取ることはできないが、二人は同い年である。
 カナは初対面だと年上に思っていたし、雅はその逆に感じていた。
 今は平日の昼間だが、雅がどんな仕事をしているかをカナは把握していない。ただ本人曰く、真っ当ではないとのことで実際、カナもその真っ当とはいかない場面を目撃したこともある。それを踏まえてもカナとしては『危ない仕事をしている人』くらいの認識だった。
 本人が危ない人と考えているかは、微妙なところだった。
「また来てくれて嬉しいよ」
「いやぁあたしで本当にいいのかと常日頃思っておりますうへへへ」
 卑屈になるのも中途半端で思い切りが悪い。
「きみがいいから呼んだのさ」
「う、うへへ」
 その辺がわっかんないんだよなーというカナの本音を読んだように、雅が目を細める。
「前から思っていたけど、きみは自分が好きではないみたいだね」
 雅に指摘されて、カナが目を逸らす。垂れる前髪を除けながら、えほほほと笑う。
「好きだとか言っちゃう人なんているんすかね」
「私は好きだよ」
 事も無げに言った雅に対して、カナが「それはそれは」と曖昧な反応を見せる。
「私を好きだと言ってくれるのは、自分だけだからね」
「え? あーっと……」
 カナは基本、言い切られると弱い。本人の外見同様、意思もふにゃふにゃだった。
「そ、そんなことないよーな……ほらあのー、美人さんですし」
「ありがとう」
 雅は照れる様子もなく受け止める。言われ慣れている感じが見受けられて、ほへほへとカナが勝手に気圧される。カナは美人などと言われたことはお世辞ですらない。
『そういうキャラじゃないわよあんた』と友人であるギャッピーに一蹴されたこともある。
「それなら、きみは私を好きだと言ってくれるかな?」
「えっ」
 問いかける雅の微笑みは、頬の具合と同じく薄い。整っていて、細やかで、しかし奥行きを感じさせない。取り繕ったという表現がよく似合う、人当りだけを考えた笑い方だ。
 カナはそうした笑顔については深く意識せず、それよりも、と雅そのものを見つめる。
 雅のことは、嫌いではない。逆に好きなものってなんだとカナは己に問う。
「えーと」
 心当たりがない。カナは好きと嫌いの天秤になにかを載せることが咄嗟にできなかった。
「う、うむむむ」
「おむずかしい話は苦手かな?」
「知恵熱出ます」
「じゃやめとこう」