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 三月の第一週は例年に漏れず、冬の寒さそのままだった。厚く着こんでいる服のお陰で身体が底冷えすることはないけれど、剥き出しの頬がパリパリに乾いて痛い。唇も皮が張って、今にも切れて血の味が滲みそうだった。風も強く、その音に耳が惹きつけられる。
 空の低いところを飛行機が飛んでいるみたいだった。
「はい、今日は営業お終いでーす」
「うーす、お疲れー」
 食堂の駐車場で白い息を吐いていると、暖簾を片づけるついでに北本が声をかけてきた。頭に巻いた三角巾の端っこが、肌寒い夜風に舞う。北本がそれを外して、髪を下ろした。
 猫の額のような駐車場に停まっている車はない。自販機の淡い光がアスファルトに貼りついているだけだ。その光を俺の足が踏んでいる。細長い影も頼りなく踊っていた。
「でもなんで外で待つの? 寒いのに」
「いや、商売やってるわけだし。お茶飲んで座ってるわけにはいかんだろ」
「奥で待ってればってことですよ、旦那」
 ニヤリと北本が笑う。理由なんてすぐに思いつくくせに。
「北本母と向き合ってたら、胃が休まらないよ。なにを聞かれることやら」
「聞かれて困ることってあるの?」
「あー、あるじゃん。ほら、娘とどういう関係、とか」
 口ごもる。しかしそうなると俄然、北本は意地悪になる。
「ほぅ、どういう関係なんだろうね」
「お、お前こそどういう関係だと思ってるんだ。いやですか」
「内緒」
 はぐらかして、肩を揺らす。その北本の白い吐息が風に乗り、空へと散る。俺は火照った頬を風に晒すように、夜空を見上げた。
 人の吐息が集まって固まったような、薄く白い雲が夜空に広がっている。だらしなく横に垂れ流れるような雲の向こうで、ぼんやりと月が輝いていた。口を半開きにしてその輝きに目を凝らすと、乾いた唇が切れて痛んだ。それから視線を感じて、横を向く。
 俺の隣、自販機に背中を預けた北本が微笑む。それだけで、頬が熱くなった。
「今日はどうしたの? 春休みなのに、急に来てさ」
「ん、いや。なんかちょっと話がしたくなった、かも」
 お茶もほとんど残っていないスチール缶に口をつけて、言葉尻を濁す。
 今日は高校の卒業式の前日だ。そんな夜、ふと、俺は北本に会おうと思った。

 高校生の北本に会うのはこれが最後になる、と考えたらなんとなく出かけていた。そして、営業時間が終わるまで外の駐車場で待っていたというわけだ。あー寒かった。
「話か。うん、いいんじゃない」
「なにが?」
「竹仲と話すことが、いいんじゃないって」
 なんだかよく分からない。でも、いいんじゃない? と俺も思えた。
「明日、卒業式なのに偉いよなぁ。ちゃんと働いてて」
「え、なんで?」
「卒業する前から働いてるのは凄くね?」
「んー、別に」
 よく分からん、と北本が首を傾げる。本人からすれば当たり前のことだろうか。
 そういうところが他の高校生とちょっと違う。
「キアッチョ……じゃなくて、ギター持った人は今日も来てた?」
「来てた来てた。で、セイさんとひとしきりいちゃついてから帰ってった」
「ヤキモチ?」
「バカヤロ」
 北本の肘に脇を突かれた。それから手のひらを差し出してくる。
「私にもお茶頂戴」
「ちょっとしかないよ」