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 扉をガンガン叩いて偉ぶっている間も、吹き荒ぶ風が体温をさらっていく。気づけばアタシは清流の底のようにまっさらとなって、寒さに震えていた。ずびーっと鼻水を啜るとようやく、部屋の中にいた静が扉の鍵を外してくれる。静は真っ赤であろうアタシの頬と鼻を見て微笑んだ。
「おかえり」
「ただいば」
 途中で身震いしてしまい、声まで震えた。手を引っ張られるようにして玄関に入る。
「あーさむ。ヘイセーイ、あっためてー」
「冷たっ。頬擦りつけないで」
 せっかく抱きついてやったのに頬をぐにっと押し返された。この野郎、彼女扱いしろ。
 バカやってないで早くコタツに潜ろうと靴を脱ぐ。踵を踏み潰していたのですぐに片足の分が脱げた。それを呆れるように静が首をゆっくり振る。手のかかる子供への態度と大差ない。
「由岐は寒いのも暑いのも苦手だね」
「それ普通じゃん? 普通」
「でもなぜか万年裸足」
「わはは、足は不思議と寒くないのだ」
 もう一方の靴を蹴るように脱いだ足の裏を上げて、静に見せびらかす。静は脱いだ靴を揃えて並べた後、アタシの顔を見て言った。
「きっと皮が厚いんだねぇ」
 あっさりと結論を出して静が戻っていく。それでは面の皮の評価みたいじゃないか。
 ギターの紐を肩から外して、部屋に上がる。壁に袋ごとギターをかけた後、コタツに頭から滑りこんだ。しばらくうずくまって、尻だけ出して暖まる。赤い熱と光の中で静の足があった。
「尻が揺れてる」
 静が淡々と感想を述べる。色っぽいとかそういう感想はない。今まで聞いたこともない。
「肌がチリチリする。超痒い」
 ぽりぽり掻きながら、肩に載ったままの確かな疲労に微かな満足感を抱く。
 アタシは働いている。改めて思うと誇るより、気恥ずかしさが勝る。誰にも見られないまま恥じつつも、それは次第に実感となってアタシを埋め尽くす。この熱、というか、熱い。
 熱しすぎた顔を引っこめる。静はテレビの電源を入れて、ぼけーっとしていた。
「疲れてる?」
「うん。今日は結構繁盛してたから」
 近所の食堂で働く静はどこか嬉しそうだ。ちなみにアタシの職場は秘密である。
 静の携帯電話が机の上に放り出してあった。特に興味はないけど手にとって弄ってみる。
「どれどれ、通話履歴はと」
「操作分かる?」
 静は止めない。それどころか教えようかといった雰囲気だ。うーむ、変わったやつ。
 そしてつまらん。もっと慌てふためかないと、秘密がありそうにない。
「大体分かる。えー、最新の電話相手。女々たん? 誰これ、浮気相手?」
「親戚」
「嘘だー。きさま、このなんとかたんと鍋とか食ってんなー」
「鍋食べたいの?」
「うん。腹減った」
「じゃあ明日ね。で、親戚っていうのは本当。もう四十歳ぐらいなんだけど」
「四十歳ぐらいで、たんと来たか」
 こいつは強敵だぜ。コメントに窮していると静が前屈みになり、顎を机に載せてから笑う。
「本当に浮気相手だったらそんな名前で登録しないと思うよ」
「だよねぇ」
 つまり他の名前が怪しい……って、ほとんど登録されていない。食堂の番号ぐらいだった。
「ぶっ飛んだ人でね。会えば分かるけど、圧倒されるよ」
「会う機会なんてあんの?」
「さぁ……。たとえば、結婚式とか?」
 静が目を逸らしながら言う。なんで今のところで照れたような反応をするんだ?
「適齢期の親戚とかいるの?」