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「忌まわしい呪縛を解くために旅に出る」
「は?」
 散々悩み抜いた末の決意を報告すると、秘書が目を丸くして振り向いてきた。
「シラサギに与えられた呪いをなんとかしなければ、戦えん」
 わきわきと動く指を睨みつけながら言う。こいつらの物覚えの良さが恨めしい。秘書は首を傾げたままだったが、『シラサギのおっぱい触った感触が忘れられない』と正直に報告したらどんな顔をするのだろう。見限られる可能性も大いにあるので黙っておいた。
「まぁとにかく、少し留守にするから」
「はぁ。どれほどお出かけの予定でしょう?」
「日帰り」
「いってらっしゃーい」
 秘書に手を振られて、俺は歩き出す。目指す先に、まじないを払う女神を求めて。

 

 冗談めいてはいるが意外と深刻な問題なのである。俺は臆病なので、人を憎むのが苦手だ。
恨み辛みをずっと抱えて生きることができない。恨んだところで、それを晴らす力がない。そして不用意に敵意をばらまけば、不相応の危険ばかりが募っていく。
 他人を恨むとか、嫌うとか。そうした負の感情を持つことには百害あるといえよう。
 その中に存在する一利は、その激しい感情が人を突き動かす原動力となることだけだ。
 勇気がないのなら、代わりのものを掲げて戦うしかない。
 だがしかし、生来ヘタレなことに変わりはない。
 そこに加えてシラサギへの呪縛が重なれば、目的へ邁進する気概など消え失せてしまいかねない。手遅れになる前に治療が必要だ。病名、おっぱい病の早期治療を目指さないといけない。
 というわけで土曜日、俺は治療のためにある場所を目指していた。シラサギの悪質な呪いを解決するには滝行、といきたいが解決の方向性が違うのだ。俺は早々に悟りなんぞ開くわけにもいかないし、煩悩を除去するなんてとてもできそうにない。だが、道はある。
 ようはやつに対する邪な気持ちの矛先を変えてしまえばいいわけだ。
 そのためには女性の協力が不可欠だった。とはいえ相手を選ぶ必要もある。成実に頼むわけにはいかない。あいつは潔癖だし、もう少し酔狂な性格の相手じゃないと上手くいかないだろう。 海亀産太郎は候補に入るのだが、どこに行けばあいつに会えるのかがよく分からん。
 身近なら成実のねえちゃんこと猪狩友梨乃さんに頼んでもいいのだが、冷静に考えよう。
 彼女は同級生の姉である。頼めるかこの野郎。というか心が読めるのだから、近づいただけで逃げられそうだ。だからそうなると、相手はあのお方しかいなかった。
「まさか、自分からこの屋敷に来るとはなぁ」
 巨大な正門に寄りかかりながら、巣鴨邸を見つめる。この間、来たばかりではある。いやぁあのときはいつの間にか檻に入っていたなぁ。うーん、巣鴨ってあたま以下略。
庭の手入れをしているおじさんに話しかけて、巣鴨お嬢様のお友達だと説明する。
「へぇ、またですか。多いなぁ、最近」
 おじさんが心持ち楽しそうに呟きながら屋敷の中へ入っていく。またということは、誰か来たのかな。誰だろう。巣鴨に同級生の友達がいただろうか。海島……は、死んだし。
 そういえばあいつの葬式に行けなかったな。その頃は俺も病院で生死の境をさまよっていたので、下手をすれば参列どころか肩を並べてあの世行きも十分あり得たのだが。
 入っていった庭師の代わりに出迎えに現れたのは白ヤギさんだった。ラジカセは持っていないが、赤いヘッドフォンは耳につけたままだ。今日は冬間近という季節に似合わない、青地にナデシコ模様の浴衣だった。目を瞑ったままだが足取りは常に軽い。
「珍しいですね。お嬢様に呼ばれたのですか?」
「いや、遊びに来たんですけど」
 そう答えると、返事に間があった。
「それは、本当に珍妙な」
 大丈夫かこいつ。頬と眉の微妙な動きから、白ヤギさんのそうした心情を察する。
 大丈夫じゃないから巣鴨に会いに来たのである。
 なにはともあれ屋敷内に案内してもらう。なぜか入り口の左脇に置いてある赤いソファに腰かける。「すぐ来ますので」と言ってから、白ヤギさんは側に留まる。
「………………………………………」
 この人に頼んでみようか。いや、迂闊に言うと殺されそうだし、控えよう。
 それに見たところ、この人は不適切だな。
「なにか?」
 俺の視線を感じ取って、白ヤギさんがこちらを向く。目を瞑っているのにどうして物の位置が正確に把握できているのだろう。能力の応用なんだろうか。いいなぁ。
「今日もカッコイイッスね」
 この人の格好や立ち居振る舞いには妙に憧れてしまう。幼少期に刷り込みでもあったのだろうか。どんな理由があるにせよ白ヤギさんのスタイルはクールに尽きる。
「どうも」と涼やかに答えた後、白ヤギさんが口もとに手を添える。
 そのまま少し間を置いた後、肩の力を抜くように小さく笑った。

「私は、あなたの『強さ』も評価に値すると思っていますよ」

「はぇ?」
なんだか知らんが、褒められてしまう。お世辞のお返しのつもりだろうか。
「どういうことで?」
「説明するのは面倒なので控えます」
面倒くさがられてしまった。本心から褒めたのかよ、と訝しんでしまう。
俺の強さってなに? そう聞きたいがきっと、答えてくれないだろう。
求めて説明があるほど、世の中は俺に優しくない。