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 夢は『どこ』にあるのだろう? その夜もいつの間にか夢の中にいたぼくは、そんなことを考えながら沈んでいく。どうも水中にいるようだった。でも目の前は濁ることがなく、ガラスのコップを間に挟んで周りを見ているような感覚だ。呼吸は意識していない。息苦しくもない。
 動きも楽々だ。空中にいるのと変わりないように腕が回る。と、そんな風に意識したら途端に水の抵抗を受けることになった。はりぼてに空いていた穴を慌てて塞いだような、お粗末な変化だ。ぼこりと、今まで溜めていた泡を吐く。泡を目で追いかけて見上げると、頭上には強い光があった。太陽よりも鋭く、丸みのない光が水面を通してぼくと水中を照らしていた。
 気を抜くと頭がふらつき、目が回り、場面が飛び飛びになって、断片的な体験となってしまうので目もとに力を入れて『振り回されないぞ』と自分を律する。それからどういう場所なんだろうと周りを見てみると、左側に壁があった。青白い壁で、上にも下にも伸びている。後ろや右側も確かめたけれど、同じく壁があった。ここは海や川ではなく、プールの中だろうか。
 それにしては随分と深い。何十メートルと沈んでいる気がする。ぼくが見る夢はぼくの知ることしか起きない。ぼくの想像の限界までしか、その空想の翼を広げることはできない。だからこのプールにも源泉のような知識があるはず、と考えたところで思い当たるものがあった。
 大学の専門体育用のプールは水球やスキューバの活動用にとても深く作られていて、足がつったらと考えただけで恐ろしかったと、晩ご飯のときにお父さんが話していたからじゃないだろうか。なるほどー、と思いながら何気なく下を向くと、床の代わりに大きな生き物の背中が見えたのでびっくりした。ばたばたと手足を動かして(でも水に触っている感覚はない)もがき、沈むのを防ぐ。そうしてから、水の中を悠々と泳ぐその生き物がなにかを知った。
 大きな鯨だった。妙に青々とした背中と、真っ白なお腹が動いても水中に流れが生まれない。だから近づくことは簡単そうだけど、少し離れたまま観察してみる。鯨の顔は図鑑で見るような現実のそれと違って、丸くかわいらしいものだった。特に目の部分が漫画っぽく、いい加減に描写されている。ぼくが持っている鯨のぬいぐるみの顔によく似ていた。身体の方はシロナガスクジラみたいに立派だから、つぎはぎみたいだ。顔と胴体のくっついている部分に目をこらそうとしても、途中の映像が失われたようにはっきりと見ることができない。想像力のほころび、というべきか。目の焦点をあわせられるのは顔と、身体の真ん中だけみたいだ。
 沈んでいくこともなくなり、さぁどうしようと考える。水の上へ行った方がいいのかな、と見上げる。水面から顔を出したとき、向こうにはなにがあるのだろう。作りかけのプールサイドか、まったく別の場所か。それとも単に目覚めるだけなのだろうか。
 夢なので目的は、起きるまでの暇つぶし。死んだりしたら寝覚めに悪そうだけど息も続くようだし、まぁ大丈夫かなと上を見るのを止める。どうせならと、鯨に近寄ってみることにした。
 こうしてみると、いやこれも実物とは大きく異なるんだろうけど、鯨という生き物はぼくみたいに小さいのからすれば怪獣みたいだった。背中はぼくの家より広いんじゃないかというほどたくましくて、地面が移動しているみたいだ。大きな口を開けば、童話のようにぼくは丸呑みされてしまうだろう。といってもこの鯨の愛嬌ある顔を見ていると、身体の中もふわふわとした綿毛だらけの場所としか思えなかった。
 不思議と恐怖は感じない。鯨やクラゲが好きだからかもしれなかった。
 平泳ぎのように腕を動かして水を掻き、鯨の顔の前まで移動する。鯨はぼくを見た途端に、にぃーっと口を緩める。つぶらな目も潰れるように笑い、歓迎してくれるようだった。
 ぼくは鯨と向き合い、なにかを話し出す。それはぼくの意思ではなく、夢が勝手にそう進めているのだった。鯨はずっと嬉しそうにしている。ぼくはひょっとしてこの鯨と初対面ではないのだろうか。そういう設定かもしれないし、あるいは本当に、夢の中で何度も会っているけれどそれを知覚していないだけかもしれなかった。
 ぼくはこの夢を形作った大元でありながら、それに干渉することができない。流れには逆らえないのだ。多分、身体を現実に置き去りにしているからだと思う。心だけではいくら跳ね回っても物事は動かない。
 本を読むことはできても、その展開や結末を変えることはできないようなものだ。
 ぼくはここにいない。では、この鯨はどうなんだろう。
 夢の中で生まれた鯨はぼくと出会うことを心から喜んでいるようだった。それは夢だから、都合よくそうなっているのだろう。多分。でも夢だからっていいことばかりが起きるとは限らない。お腹を刺されて死んだ夢も見たことがあるし、慕っていた人が電車にすり潰されたとか、そういうのも時々見る。夢にも喜怒哀楽がある。鯨は、意思を持っているのだろうか。
 鯨と一緒にプールの中を泳ぐ。油断すると鯨の胴体に弾き飛ばされそうだ。それに加えて泳いでいると時折、まったく別の風景が見えてくる。そこは四角い部屋で、全部が水に埋まっている。大きな窓の外にはなぜか空が見えていた。他にも挟み込まれるように見えてくる景色がある。ミルフィーユ状にイメージが折り重なっているのが、夢の下地なんだろう。
 映像が激しく乱れた後、場面が唐突に切り替わる。夢ではよくあることだった。
 舞台がいくつも不完全に用意されて、ぼくはそれを巡らされる。話の一部分だけを掻い摘んで体験するように。ぼくはそのことに、夢と気づかない限りはなんの疑問の余地も挟まない。今はどうなっているんだこれ、と周りを見るぐらいの余裕はある。でも、なんだか頭が働かなかった。綿毛が頭の隙間を敷き詰めてしまっているように、集中できない。  ぼくはいつの間にかプールから上がっていて、側には友達も何人かいた。学校で同じクラスにいる男子ばかりだ。プールの端には鯨が顔を出して、不安そうにこちらを見ている。その鯨を眺めながら友達の話を聞く限り、どうやらこの鯨をプールの底に戻すにはどうすればいいという問題に直面しているらしい。意味が分からない。普通に帰ればいいじゃないか。
 そうは思うのだけど、整合性や矛盾なんて夢の前では無力であり、そもそも、そのおかしな部分を生み出したのは他ならぬぼく自身だ。で、どうやって戻すかという話の輪の中に……これは本当に、なんでか分からないけど、ドラゴンボールの主人公が一緒にいた。前後の事情はさっぱり思い当たらない。ぼくは今、声が出せないのかなにも喋ることはできないけど友達がその人と親しげに話して、とんとん拍子にことを進めていってしまう。