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「……青い」
 起き抜けに窓から覗ける海の景色と、潮の匂いが新鮮だった。更にそれに混じって、ロボットの装甲が歪んだときの金属的な匂いも届く。工場に近い部屋らしく時折、壁と床が振動する。部屋というのもよく見ると倉庫か資材置き場の一室を借りているような、無骨な内装だった。
 怪獣の進行が本格化する前、実家は木の匂いに包まれていた。今では見るはずもないし、当時にしても木造建築は希少だった。子供の頃はあまり意識していなかったけれど、周りと比べればそれなりに裕福な環境だったのだなぁと、今頃になって気づかされる。
 そんなことを思い出しながら、完全に目が覚める。毛布を剥ぎ取り、身を起こす。
 夜の冷え込みが抜けきらず、室内も冷蔵庫の一角みたいに落ち着いている。そんな中に生身の私を置かれても穏やかでいられるはずがない。最近は日中と没後で気温差が酷い。それが異常気象を生む理由らしいけど、これじゃあ授業で習った地球とは別の星にいるみたいだ。
 そう思いながらも一方で、窓の外に広がる海を眺めていると地球にいると実感してしまう。
 少なくとも火星には、海がないのだから。
 あれから、西の町と呼ばれる都市にやってきていた。
 あの後。巨大怪獣に学校その他諸々を潰されて青い水溜まりから離れた私は、カァールディスに乗ったままこの町へと運ばれた。同乗していたチョコの操縦に任せたら、勝手に行き先を決めてくれたのだ。打ちのめされていたので正直、助けられたといえる。
 陰鬱だったけれど、波のように広がる西の町と、その向こうへ続く海原を目にしたことで少々、気は晴れた。海上都市ともまた異なる海沿いの町は、豆腐みたいな形と色合いの建物を縦横に寄せ集めて独特の雰囲気がある。良い意味で、作り物の感覚を押し出した風景だった。
 そこへ身を寄せていくと、浜に流れ着いた流木の気分だった。
 チョコはカァールディスを町の入り口に横付けした後、私を担ぐようにこの部屋へ運んだ。
『トモカには休息が必要と判断します』
『……そうなの?』
 尋ね返してみると、『おやすみなさい、トモトモ』と新しいあだ名を披露して去って行った。
 トモトモはともかく、疲れていたのは事実だった。だから言われたとおり、毛布にくるまって寝た。毛布なのか単なる麻布なのか分からない代物にくるまって、埃っぽく、けれど呼吸を整える時間もないまま、潮が引くように一気に寝入った。
 あれだけのことがあって色々、嫌気が差していたのかもしれない。
 そして、今朝に至る。あれから半日以上、眠っていたようだ。
 道理で頭が痛いわけである。寝癖で沈みきった髪を掻きながら、鈍痛に苛まれる。
 寝ても別世界へ旅立てなくて結局、ふりだしに戻ってしまう。
 昨日から一日しか経っていないというのが信じられない。言っていることはめちゃくちゃだけど正にそんな気分だった。立て続けに色々なことが起こり、寝床を変えて、匂いも移ろう。
「………………………………………」
 それでも私は、今日を生きないといけない。生きたいと身体は躍動する。
 学校は全壊した。
 西の町に着いた。
 その事実を前提とするため呑み込む。
 そうして頭の靄が晴れた後、これからの自分がなにをしていけばいいか考えを纏める。
 まず免許の取得には失敗した。これが結構痛い、別の学校を探すだけでも一苦労だ。地球上で機能している施設は決して多くない。そういえば生徒募集の広告に地球最大大手と大げさに書かれていたけどあれもあながち間違いではなかったのかもしれない。
 免許がない以上、ロボットに乗ること以外の仕事を見つけていかないといけない。仕事を探す、そして生活していくというのが当面の目標になるのかな。そして纏まったお金を作ってからまた学校探しだ。私は生きることそのものが生きる目的ではない。
 火星を目指す家族のために、地球上で戦い抜く。
 それが私の生きる理由なのだから。
 居場所を失っても。恐怖の波に身体をさらわれても。その意思が萎えることはない。
「……でもねぇ」
 見回して嘆息する。いくらやる気があっても、仕事、あるのだろうか。