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「姉様はお変わりないですか?」
『まぁ……普通ね』
「ちゃんとご飯食べてますかねぃ」
『この歳ならこんなものでしょう』
「どんなもんでしょう」
『生きていけるくらいよ』
 十分な答えだった。
「生きるって素晴らしいですねぃ」
『そう?』
 姉様は軽い気持ちで問う。私は、冷たい空気を吸い込んでから、硬く応える。
「きっと」
『……あんたそもそも、どこにいるのよ』
「……んふふ、すぐ近くですねぃ」
 降り始めた雪を窓の向こうに眺めながら、姉様の声を目と鼻の先に聞く。
 一つ扉を挟んだ小さな部屋に姉様がいる。室内でも暖房を切れば吐息が白くなるような日に、一人。埃も冷たく乾くような冬枯れの季節に、なにを思うのか。
 姉様は未だ、私と出会わない。
 でもその姉様とはいつからか、電話を通してだけ話せるようになっていた。
 姉様にはいつだって人の可能性というか……豊かなる適応力に驚かされる。
 お互いの番号くらいしか入っていないような携帯電話は、手にしていることを時折忘れるほどに軽い。
『近くね……じゃあ一度くらい顔を見せなさいよ』
「そうしたいのは、山々なんですがねぃ」
 見せられるものなら、見せてみたい。
 薄氷のような繋がりが、美しくも底の深い水面へと戻っていく前に。
『あんたに見えているか分からないけど、雪が降ってきたわよ』
「見えてます見えてます」
 分厚い灰色の雲が空を覆っている。そこから身を削るように、ふわりふわりと雪が散っていた。触れてもいない雪に身体の熱が奪われるように、見ているだけで胴が震えた。
 冬の静けさと、雪の白さだけは昔と変わらない。
 変わらないものを、姉様と共有する。
『大分積もりそうね』
「ですねぃ」
『これなら』
 普段と異なる、柔らかい姉様の声が止まる。
「これなら?」
 なにかを区切ったように、姉様の話題が変わる。声も乾くように戻っていた。
『犬みたいに飛び出すんじゃないわよ』
「わはは、そんなこともありましたねぃ」
 姉様の手を引いて、マンションから出て雪だるまを作ろうとした。
 雪はまったく足りなくて泥ダルマになってしまった。
 姉様はその出来映えに駄目出ししながら、鼻の先を赤くしていた。
『お互いもういい歳なんだから』
「……ええ」
 まだ老人というほどでもなく、けれどお互いの日は暮れて。
 長い、本当に長い時間、私は姉様とすれ違ったままだった。
 取り戻すことも、やり直すこともできない。
 人生にやり直せることなんて一つとしてないのだ。
「だから、」
『え?』
「今日は何日ですかねぃ?」
『は? 五日だけど』
「そう、いつか」
 いつかなのですよ、姉様。
 ソファから離れて、少し軋む身体を前へ、前へと押し出す。
 肩を動かす度、厚い雲にでもぶつかるように抵抗を感じた。
 白い扉を開く。
 隔絶された部屋の空気は更に冬を押し固めるように冷えきっていた。
 その中で、白い衣に身を包んだ姉様が座り込んでいる。
 よくできた雪だるまのようだった。
 私ばかり老けたように思います。
 双子なのに随分差がつきましたね。
 ますます母様に似てきて。
 左手に持った電話に目を細めて、それから。
 腕を下ろし、電話を顔から離す。
 肺に応じた声が上下に震えた。
「姉様」
 かさついた唇の皮が切れて、血の味が滲む。
 姉様は振り向かない。電話に向けて、なにか呟いている。
 それでも私は、姉様に、直接、声を届ける。