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 空と曜日と気分が時計の針でも重なるようにぴったり一致したので、釣りに行こうと準備していたら襖がいきなり開く。朱色の袖が揺らめく小さな人影が飛び込んできた。
「おばーちゃん!」
「せめて延ばすとこ間違えんなよ」
 叔母どころかババにまでされてはさすがにたまらない。
 わたしには四人の兄がいて、どれも歳が大分離れているのだがその中で四番目の兄貴の子だった。歳の頃は五つで、いわゆる姪に当たる。子供の時のわたしみたいに、小さいながら一丁前に和服を着せられている。走り回っているので大分、緩んでいるけど。
「おばちゃん、あそんでくれよ」
 こっちの袖にしがみつくようにしてくる。こうなってくると手強い。
「だーれがおばちゃんだ」
「とうさまがそうよべっていったぞ」
「あぁ?」
「おばさんだとあいきょーがないからちゃんづけにしてあげなさいって」
「あのアホ兄貴」
 相変わらず、気遣いが少しずれている。
「父様に遊んでもらいな」
「とうさまのあそびはよくわからん」
「そーなんだよなー、あれがまたさ」
 兄貴は良くも悪くも、子供を子供扱いしない。大人と同等に接する。
 そんな下駄の底の隙間に押し詰められて作ったような、堅苦しい兄貴の子にしては随分と生意気だ。どちらかというと気性はわたしに近い。男が生まれると皆固くて、女は軽いというのが日野の子供の伝統なのかもしれない。
「ここおばちゃんいがいはおとなしかいねーもんなー」
「おぅわたしをどう見てんだおぅ」
 おばちゃんなのかガキなのかはっきりしてほしいところだ。
「おとなはなー、いそがしいとあそんでくれんのだー」
「わたしも忙しいんだよ、これでも」
まぁ、気持ちは分かるけど。
 わたしだってそうだった。一番歳の近い兄貴だって、子供の頃にはもうほとんど大人に見えたものだった。だからわたしはお手伝いさんの手に引かれて、あの家へ遊びに行ったものだった。うちと比べると狭いあいつの家は、わたしに随分と馴染んだものだった。
 今のところ、姪にはそうした友達がいないようだった。
「あとこのかっこ、はしりづらい」
 姪が袖を広げるようにして文句を言う。
「慣れろ。慣れたらその格好でバク宙もできる」
 おぉ、と姪が目を輝かせる。
「なぁなぁみせて」
「おばちゃんはね、見ての通り釣りでも行こうかと思っているんだよ」
「なぁ~なぁ~なぁ~」
「……おい」
 なぜか二方から袖を引っ張られている。姪じゃない方を見る。
 永藤だった。
「いつの間に入ってきた」
「家の前うろうろしていたら顔見たら入れてくれた」
「お前なんでいつまでも不審者みたいな動きしてんだ」
「日野の家は庭にたくさん見るものがあるからねぇ」
「あ、でかちちだ」
 姪が無邪気に永藤に笑いかける。永藤が固まった。
「どーしたでかちち」
「それ誰が言ってるのかな?」
「おばちゃん」
「おいおばちゃん」
「なんだデカチチ」
嘘じゃないだろ嘘じゃ。ほれこの通り、と胸を叩く。そして頭を叩き返される。
 十年経っても基本は変わらない。
 背の高さも結局埋まることはなかった。
「まぁいいんだけどさー、別に」
「いいなら叩くなよ……」
 永藤は眼鏡を外して、わたしを直視する。
「日野がでかちち好きだし」
「……あのなぁ」
 間違っては、ないか。
 増えたものと、変わらないもの。二つが部屋にあって、まぁバランスはよい。


 本日は、安達枕の性能試験の真っ最中だった。
 ソファに横になりながら、安達の太股を枕にテレビ観賞。隙のない布陣だった。