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 こたつに入りっぱなしもそろそろ熱くなってきて、電源を切るなり足を出すなり動くなりといきたいところなのだけど、そういう空気ではなかった。毛布の片付いていないソファを一瞥する。
 お茶屋の奥の部屋で、いつものようにわたしと姪がいる。のだけど。
 姪は、怒っていた。
「怒ってません」
「怒ってるやつはみんなそう言う」
 既視感があった。横を向くと、窓もないのに自分が映っているようだった。
 うたた寝していて姪に起こされたのだけど、寝ぼけて昔の知り合いの名前を呼んだらしい。
 らしい。覚えていない。当たり前だ、そこまで意識がはっきりしていたら失敗はしない。姪はそれがいたくお気に召さないみたいで膨れている。名前以外にも色々と口走ったのかもしれない。寝言に泣き言でも混じっていたのだろうか。さっぱり覚えていない。
 その前に見た夢のせいかもしれない。そっちもまるで記憶にないのだけど。
 ただ、今胸の中に残る小さな侘びしさは、どんな夢を覗き見たかの答え合わせに思えた。
 付き合いだして……付き合うというのも二種類があってやや気恥ずかしくもあるのだけど……高校生の姪は、そのお付き合いが深まる中でやや嫉妬深いのだと知った。わたしは人間関係が希薄であるので、ヤキモチ妬くような相手も今はまずいないのだけど……稀にこんなこともある。過去は思い立ったように波を起こして、浜辺に迫る。
 そんな姪の対応に面倒くささはなく、古い鏡を覗くような気分だった。
 わたしも、こんな風に不機嫌な記憶ばかりだ。
 わたしの見ている相手が、わたしを見ていないことをずっと分かっていたから。
「なにしたら直る?」
 姪の髪を指で梳きながらお伺いを立ててみる。姪がちらりと、横目でわたしを窺う。その肩を流れるように落ちる髪を手のひらに掬い取って、感触を楽しむ。いいね、と撫でる。
 姪は学校の制服、取り分け冬服がよく似合う。落ち着いた色合いは、見飽きない。
「ほらせっかくのクリスマスだし。楽しい方がいいのかなと」
 せっかくと言ってもクリスマスなのに出かける予定はないし、フライドチキンだって用意していない。唯一、申し訳程度に存在するクリスマス要素は読んでいた旅行雑誌の表紙くらいだった。イルミネーションに飾られたもみの木が夜景にぽつんと映っている。電飾は華やかに撮られているけれど、奥の木は少しだけ寒々しく、そして寂しそうだった。
「叔母さんの初恋の人なんですけど」
 わたしの質問を半ば無視するように、姪が気になっていたであろうことを口にする。
 前にも少し話したんだけどなぁ、と苦い思いが湧く。
「今も、仲良いんですか?」
 姪がこちらを向いて、真っ直ぐ見つめてくる。
 若さ故か、姪の視線は常にひたむきだ。
 まるで浮気でも疑われているみたいで、少し逃げたくなる。
「さぁ……あ、ごまかしてるとかじゃなくて、連絡取ってないから」
 だからか最近、姿より声が思い出せなくなっていた。
「別れてから?」
「あんたが言うような別れじゃないけどね。うん、それから」
 あの日、唐突にいなくなってから一度も。
「ま、もう終わったことだよ」
 だから安心しなさい、と姪の脇腹を突っつく。身を捩りながら俯く姪の口端が、うっすら緩む。
「終わったこと……」
 姪が反芻するように呟く。そう、終わったのだ。姪が終わらせたようなものだった。
 赤んぼうの無邪気さが、乱暴に引き裂いたのだ。
「……………………………………」
 ただ。終わったというのは、全部がなくなるってことじゃない。
 そこを時々、忘れそうになる。忘れかける度、彼女のことを思い出す気がした。
「いつもぼけーっとしてるやつだったからね。そのまま、夢に落っこちたのかも」
 あれからまるで連絡もなくて……生きているという確信はあった。夢見た世界で、今もわいわい賑やかに、楽しそうに。そんなイメージはありありと浮かぶ。
 でもそこは多分、わたしが目指す場所じゃない。
 今のわたしが向かうべきは。
「ケーキ買いに行こうか」
 そんな気分だったので提案してみる。姪は目を丸くしている。
 驚き方に、なにかが重なるように思えた。
「大きいケーキを食べよう」
 甘いものを食べながら怒るのは難しい。姪の不機嫌も砂糖菓子のように溶けるだろう。
「あ、ケーキを景気よく……やっぱりいいや」
 思いついたことを取りあえず口にしてみるのはそろそろ自重するべきだと思った。
「寒いなら待っててもいいよ?」
 先に立ち上がって聞いてみると、姪は髪を邪魔そうに払いながらすぐにこたつを出る。
「もちろん、一緒に行きます」
 大分機嫌は直っているみたいで、これならケーキはいらないかな、と一瞬考える。
 でもケーキを囲む自分と姪の様子を想像して、やっぱり必要だって思った。
「この家は木の匂いがしますね」
 隙間風に晒されるような廊下に出て寒がるかと思いきや、姪がそんなことを言った。
「古いからね」
「囲まれてると落ち着きます」