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 そんなとこだろうと薄々予想はできていたけど、犬になったのはぼくの方だった。
 さてどうするかな、とまだ眠っている彼女の周りを徘徊する。彼女はありとあらゆる生き物に冷たいので、寝起きにぼくを見つけたら尻尾でも引っこ抜かれてしまうかもしれない。
 まぁ元に戻ったらぼくに尻尾なんてないのだから、一時的に痛いだけで済むかもしれない。
 それならなんとかなりそうだ、と思う。痛みには多少慣れている。
 もちろん、痛くないのが一番だけど。
 痛みがある方が生きている気がするなんて、そこまで強くはいられない。
 どうするどうすると部屋の中を往復する。意外と動きやすいな、犬の体型。
 しかしこんなにうだうだと考えて、そんじょそこらの犬にはこの芸当はできまい。
 今世界で一番賢い犬なんじゃないかぼく、と勝ち誇る。
 てっぺんとったぜ!
 嘘だけど。
 ぼくより賢い犬って絶対いるよなぁと思う。それは人間に戻ってからの話も含めて。
 ぼくは、色んな選択で大分愚かなものを選んでいる。多分。
 分かっていて、他では生きられない。
 陸に上げられて、それでも死ななくてもがいている魚は、今日もどこかを求めて跳ねている。
 そして時折、犬になったりもする。
 最高に愉快だった。


「ははは仕方ないなー犬になったイトコはエリオさんが面倒を……あれ?」
 意気揚々と部屋に飛び込んできたエリオが俺を見て固まる。
「イトコが犬になってなーい」
 あれぇ? と大きく首を傾げる。そうねぇ、と犬になっていないエリオを見つめ返す。
「半分くらいがって話だし、俺たちどっちも漏れたんじゃない」
「なにー」
 どこかの居候みたいな反応を見せる。すてててとこっちに近寄ってきて、じーっと俺を見下ろす。
「なぜだー」
「なぜと聞かれても」
「犬になれー。なるのだイトコー」
 耳たぶを下に引っ張るな。
 その日は一日中、くっついて犬になる呪いをかけられた。
 ならなかった。


 女性が朝目覚めたのは、毛に叩かれてのことだった。
 口もとにもさっとしたものを押しつけられて、二度それが上下して、女性が半分寝ぼけながらも目覚める。同居人はそうした悪ふざけをするような性格ではないし、自分を起こすようなこともないと思い出して、頭が急速に冷える。誰かが侵入してきたという可能性に、ベッドの上で飛び退きそうになる。その女性の予想は当たらずも遠からずだった。
 女性を起こしたのは、犬だった。
 女性が目を丸くしながら、きょろきょろとする。
 同居する女性の姿がなく、代わりに犬の姿が枕の側にあった。
 柴犬かな、と毛並みの色合いを眺めて女性はまず思う。
 それから、どこから入ってきたのかと女性は驚きつつ、犬の様子を見てゆっくり、重ねるようにもう一つ驚く。
 その犬は、右前足が欠けていた。
「もしかして……」
 唐突な変身ながら、女性がすぐに答えに行き着く。犬は不機嫌そうに皺を寄せている。そして姿勢を維持できないらしく、すぐにその場にへたり込む。
 女性は理解が追いついてから、にこーっとする。そうすると犬はますます面白くなさそうに、そっぽを向いてしまう。女性がその犬の頭を撫でようとすると、吠えて威嚇してきた。
「あ、やっぱり喋れませんか」
 犬が返事のように鳴く。女性は空いている隣のベッドを一瞥してから、ふふふ、と笑う。
 なにが面白いとばかりに犬が歯を見せても、まるで意に介さない。
「どうしてこうなったかは分かりませんけれど」
 本当だよと犬は言いたげに唸る。そんな犬の反応を見て、女性が、手を伸ばす。
「大丈夫ですよ」
 女性が、犬を抱き上げる。犬は抵抗しようと身を捩るが、まったく効果がない。
 そのまま、女性の腕の中に抱かれて落ち着くことになってしまう。
「大丈夫、大丈夫」
 女性が子供をあやすように、言葉を繰り返す。
「無責任って思いました?」
 思った、と犬の尻尾が揺れる。
「でも誰かに大丈夫って言ってもらえると、少しくらい楽になりません? 私は、そういう軽薄で、責任を取れない、他人の優しい言葉に何回も救われてきました」