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 岩谷カナは二十五歳である。師匠とは三つ四つほどしか歳が変わらない。が童顔で、動きに落ち着きがなく、背丈の低さもあって干支を一回り勘違いされることが多々ある。一年ほど前に美容院で揃えたきりの髪はまた伸び始めて、後ろで纏めた髪もその先端にばらつきが出ていた。その様は手入れされていない犬の毛並みを連想させる。
 犬は二匹もいらないし、なんなら一匹も不要なのにと師匠が内心で思う。
 通りの突き当りまで来てから左へ曲がり、また歩き続ける。カナは黙っていたもののきょろきょろと駅の中を落ち着きなく見回している。子供か、と師匠が外見に相応しい行動に呆れる。
「なに?」
「あ、友達がここで働いてるから見つからないかなーって」
「そう」
 友達じゃなくて保護者じゃないのか、と師匠は思った。
 カナが住み込む際、師匠に挨拶してきたのは親ではなくその友人だった。歳も変わりそうにないその女は懇切丁寧にカナのダメな部分を説明してきた後、それでもお願いしますと預けてきた。押し付けてきたが適切かもしれない。
 改札からLの字を描くように駅の端まで歩き、小さな入り口から外へと出る。その正面、狭い道路を一本挟んで向かい側に立つ建物。そこがカナの行き先だ。
 カナの方は講師と買い出しの予定はない。どちらにもまったく役に立たないからだ。
 別れる前、その建物を一瞥してから師匠がカナに言いつける。
「じゃあ3時にね。間に合わなかったら置いていくから」
「ははーっ」
 気合の伴わない上滑りしただけの返事だった。てこ、と一歩踏み出したところでカナが振り向く。
「あ、車の場所分かんなかったら電話していーですか」
「はいはい」
 早く行けと払うように手を振る。カナはへこへこと張子の虎のように頭を下げてから、建物へと一人入っていく。その頼りない後ろ姿を一言で評するなら『あんなの』だった。師匠には他に思い浮かばない。つい口にも出て反芻してしまう。
「あんなの」
 のどこがいいのだろうと、師匠には疑問しか生まれなかった。


『雅な椀・下』


 生きていますかと聞かれて、どう返事するか迷った。
 雅は自分の生きている部分をゆっくり、一つずつ探してみる。
 とりあえず指は動くので、返信くらいはできそうだった。


『時の果ての流れに』


 遠縁も遠縁で実に関係は薄いのですが、親類の婆様はなかなかに面白い方でした。
 齢100歳を越える婆様は既に視力をほぼ失ってはいますが、身体の方は未だ健康そのものです。若年の頃より気を遣って、長生きすることを目的として生きてきたと本人は語ります。
 それほどの時間をかけて、見たいものがあるのだと以前に言っていました。
「今日こそ見える気がする」
 婆様は毎日、そんなことを呟きます。
「見えるといいですね」
 私もまた毎日、そう言います。
 目を瞑ったまま、婆様は皺だらけの口元を緩めました。
「きっと、虹が見える」


『End Blue』


 鳥が、遠くを飛んでいた。
 頬杖をついて見上げながら、その鳥の名前がなんだったかを少し考える。
 頭の端にまで出かかっている記憶の糸くずが確かな文字となる前に、声がかかる。
「なに見てるんですか?」
「鳥」
 雲一つ見えない、青い天井。
 居間から覗ける景色で、動いているのはその羽だけだった。
「叔母さんはよく、空を見てますね」
「うん……」
「鳥好きなんですか?」
「うん……」
「……あのー」
「うん……」