WEB小説 入間人間のウェブ限定小説が読めます。

PAGE1

 最近聞くことの増えた名前を耳にして、入り口の側で振り返る。
 プールの方へ向かっていた黒髪の中年女性は今、すれ違った人に『安達さん』と呼ばれていた。まぁ安達さんなんて世間にいくらでもいるかと最初は思ったけど、振り向いてもう一度、その顔を眺めた。そして、よく似ていると思った。ので、ひたひたと近寄ってみる。
 水着姿の背中を見つめながら、ぺったぺったとプールへ歩く。安達さんはなかなか私を察しない。面白くなってきたのでそのまま後ろに同伴していく。塩素の匂い立ち込めるプールへの扉を開けても尚気づかず、シャワーの前まで来たところでようやく、ひっついてきた気配に気づいたらしい。
 振り返って、遠慮なく私を訝しんでくる。
 中腰でこっそり歩く姿勢を解除して、背筋を伸ばす。そして、間近でじろじろ眺める。
「んー」
 視線に応えて更に顔の皺が深くなる。
「……なに? あと、誰?」
「安達さん?」
「そうだけど」
「高校二年生の娘さんがいそうな顔ね」
 長々観察した結果、まぁ合っているだろと思って具体的に言ってみる。雰囲気含めて似ているし。睨むような目もとの皺が少しほどけた。
「娘の知り合い……って年齢でもないか」
「知ってはいるわよ」
 多分。
「ふぅん。じゃあそっちも娘なり息子なりいるのね、多分」
「娘が二人ね」
 生意気な方と、ちょっと生意気な方。
 あと何年か経てば、ちょっとの方がめっちゃ生意気になるのだろうか。
 抱月も中学時代は実に反抗的だった。
「んー?」
 今度は向こうが私を不躾に眺めまわしてくる。顔が近い近い。近眼なのだろうか。
 目の前で安達ちゃんっぽい顔が目つきを悪くする。
 安達ちゃんは大人しい子という印象なので、表情が大きく変わると似ている具合が減ってしまう。しまってもいいんだけど別に。
「なんじゃーい」
「前にここで見た顔に似てたのよ」
「あ、それ多分私の娘」
 ジムに連れてきたことあるし、そこで見たのだろう。
 あの頃の抱月はまだ金髪だったのを思い出す。似合ってなかったなーあいつ。
「ふーん……やっぱりね」
 顔を引っ込めた安達ちゃん母が頭を掻く。なにがやっぱりなのだろう。
 視線からこっちの疑問を察したらしく、溜息交じりに説明してくる。
「桜にもちゃんと友達がいるんだと思っただけ」
 桜って誰や、と聞きかけて安達ちゃんの名前だと理解した。そういえば聞いたこと……あったか? なかったか? 人の名前を覚えるのは苦手だ。覚えなくてもなんとかなってしまうし。
「で……なにか用?」
「安達ちゃんに似てると思ったから追いかけただけよ」
 動機の全てを話したのに、安達ちゃん母はしばらく待つように黙っていた。
 終わりだよーと手のひらを見せるように振る。安達ちゃん母が眉間に皺を寄せる。
「え、それだけじゃだめ?」
「ダメ。なんかあなた面倒くさそう」
「なんてことを言うんだ」
 よく言われるけど。なんなら娘どもにも扱いを面倒くさがられる。なんなら旦那にも。
 どの辺がと聞いた返答を大ざっぱに纏めると、『なんか気安くてうざい』に落ち着く。
 酷い。
「それで、いつまでいるの?」
「ん?」
「シャワー浴びるんだけど」
 シャワーノズルを掴みながら、安達ちゃん母がシッシと追い払う仕草を取る。
「さっさと終わるし一緒に浴びちゃうか」
「え? 思ってる以上にバカなの?」
 蹴り出された。頭からお湯被るくらいぱっと済ませてしまえばいいのに。
 仕方なく隣のシャワーを使う。じゃーっと浴びる。
「………………………………」
 ふと思い立って仕切りの上にシャワーノズルを持っていって隣に流してみる。
 じゃばーっと。
 反応がないのでしばらく続けてみた。
「殺すぞ」
「こわっ」
 思ったより本格的な殺害予告を貰った。殺されては敵わないので、湯量を控えめにした。
 シャワールームから出ると、私より随分と水の滴るいい女が出てきて、睨んできた。
 べっちゃべちゃの髪が垂れ流れるように下りて顔に張り付き、呪ってきそうな気配だった。
「なんなのあなた」