WEB小説 入間父のウェブ限定小説が読めます。

PAGE1

 
二章『生い立ち』

 十二月二十五日。
アニイを探し当てて、やっと会えた日から二日間、土曜日、日曜日と海岸に来ているけれどアニイはいない。相模湾は夕暮れになると、所々紅葉しているように色とりどりの小さな色の粒に被われて光っている。初冬の風が波打ち際に溶け込んで混ざり、砂浜の砂を撫でながら消えていく。浜辺では、散歩したり、砂浜に腰かけて暮れていく海を眺めている人たちも疎らだ。
 昨日は終業式だった。友達に『クリスマス・イブだから横浜まで出掛けない?』と誘われたが断って、学校帰りに前の日にアニイと行った喫茶店にひとりで行ってみた。またアニイが来るんじゃないかと期待したからだ。女性店主が気を遣って話し相手になってくれたので、色々と尋ねて暫く待ってみたがアニイは来なかった。
 仕方なく、その足で海岸に向かい日が暮れるまでアニイを待ってみた。でも、アニイは現れなかった。待てば待つほどアニイへの思いが募り、胸が弾けそうなほど膨れ上がって息苦しかった。
 私は、そんな胸の内を、切なくて苦しくて胸が張り裂けそうな思いを誰かに聞いて欲しかった。こんな時、親友がいればいいのに……。藁にも縋る思いで、燭下礼拝とクリスマス・キャロルに参加するために急いで教会へ向かおうとしていたママの袖を引いた。
 そして、ママに私の思いの全てを打ち明けた。ママは、ただ優しく私を抱き締めて髪を撫でながら聞いていた。一頻り泣いた私の頬の涙を拭い、『辛いよねー、苦しいでしょう。でも堪えないとダメよ。そうして少しずつ大人になっていくの。そんな気持ちになれることを却って幸せなことだと思って、その切なさを楽しみなさい。今しか味わえないかもしれないわよ、いつか宝物のような思い出になるから……』と言ってくれた。
悶々とした眠れない夜をなんとかやり過ごして、今日も朝から海岸に来てアニイが来るのを待っている。でも、アニイは姿を現さない。
 出掛けにママに呼び止められて、『こんなに朝早くから出かけるの、まあ良いけど……。私、今日は教会でクリスマス礼拝と祝賀会があるから夕方まで戻ってこられないけど、お昼は戻ってきてちゃんと食べてね。あっ、それと夜はお祖父ちゃんのお店でクリスマス・パーティーをするから暗くなるまでには帰って来なさいよ。いい……分かった』と言われた。私は曖昧な返事をして出てきてしまった。
 もう夕暮れが間近い。手と足は冷え切っていたが、顔と胸は微熱を帯びているようで寒さをあまり感じなかった。潮風に吹きつけられて涙が滲む、濡れた睫毛の上を遠く貨物船が影のようになって揺らぎながら流れていく。
 こんなに苦しくて切ない思いをしなければいけないのなら、アニイと最初に出会ったとき、『こんにちは』と声を掛けるんじゃなかったと後悔した。でも直ぐにアニイへの狂おしい程の思いの方が強くなって、それを打ち消した。今日何度繰り返しただろう、そんな葛藤を。
 堤防に身体を預けて凭れ掛かると、膝が力なく折れていく。私は堤防の上に置いた両手を重ねて、目の前にある空や海や風を支配しているものに縋るようにして祈った。
『会わせてください……連れてきてください……アニイを。ほんの少しで良いです……アニイをここに来させてください。お願いします、お願い……』
 涙が止めどなく流れて、重ねた両手の甲を濡らした。
 閉じていた瞼を開けると、もう夕暮れになっていた。
 私はアニイが現れると信じて待ち続けていたが仕方なく諦めて、大きく潮風を吸い込み、溜息混じりの深呼吸をした。今日もダメだ、諦めて帰ろう。また明日来ればいい。私が待っていることをアニイは知っている。お母さんの身体の具合が良くなったら、必ず来てくれる。
 その時、耳元で低い声がした。
「ウータ」
 全身を震わせるように良く響いた。
「えっ、アニイ」
 私は振り向き様に、アニイに抱きついていた。その胸に縋るようにして。
「おい、何やってんだよ。ちょっ、ちょっ、ちょっと待て、どうしたんだ」