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 三章『セイちゃん』

 八月もなかばを過ぎた月曜日の午後だった。
 ペチャンコになった道端のカエルが、干からびて紙屑のようにヒラヒラしていた。全てが太陽に灼かれて、ふれることを躊躇させ、焦げた空気が鼻腔をくすぐった。
 こんな灼熱の昼間は、薄暗くてヒンヤリとした倉庫の中へ避難をするのに限る。今日は倉庫の中に足場となる荷物がなかったので、トイにくくり付けておいた縄を倉庫の中に垂らして下へ降りてきた。シロと二人並んでホコリが静かに揺れる地ベタで昼寝だ。
 僕は、小窓から差しこむ刃のように静かでとても清潔な月光を浴びる夢をまた見る。深い海の底のようなグランブルーのグラデーションをまとった別世界を小魚たちが幻想的に浮遊していた。幸福感に淡く包まれて、朧気な意識のなかを行き来する。
 外で、トイをよじ登ってくる気配がした。ヒサシの上を『トン、トン』と踏む足音がして、小窓から「おるか?」とマサが覗いてきた。
 僕は寝ぼけ眼を擦って「おお、おるぞ。今日は遅かったなー、マサ」と上に向かって声を掛けた。シロは隣でマヌケ面をさらして、まだ昼寝のまっ最中だ。
 マサが、垂らした縄をつたって勢いよく滑ってきた。そして、シロの頭のすぐ横に『ドンッ!』と飛びおりた。爆睡中のシロは、驚いて跳びおき「なんやー、なんやー、なにがあったんやー」と辺りを力なくフラフラとうろついている。
「バカヤロー、なにを寝ぼけてウロウロしとるんやー」とシロに怒鳴りながら、マサが僕の前へとしゃがみ込んだ。
「シンちゃん、セイコちゃんがどうしたか知っとるか?」
「セイちゃんが、どうかしたんか」
「どうかしたんかーやないて、ゆうべの盆踊りにも来んかったやろー」
「そういえば、セイちゃん踊っとらんかったなー。いつもは一番目立っとるのになー」
「そうやて、ユカタが一番似合っとるセイコちゃんがおらへなんだで、ゆうべの盆踊りはつまらんかった」
「そういえば、そうやったなー。なんか寂しかったなー、それでか……」
「うそつけ、シンちゃんはテツと楽しそうに屋台をまわっとったやないかー。セイコちゃんがおらへんのに。テツも薄情なヤツや」
 シロが僕らの話を聞いていて、ギヒギヒと引き笑いをしながら「……やっぱり、好きなんやーセイコのことが。ギヒギヒ、相手にもされとらんのにー」と言って腫れの引いた顔をグチャグチャにして嬉しそうにしていた。かんぱつ入れずにマサが「呼びすてにするなー! このヤロー」と怒鳴りながら、シロのあたまに張り手を炸裂させた。
 セイちゃんは集落の一番奧に住んでいて、駄菓子屋のテッちゃんとは同級生だ。二人は仲が良くて学校から帰ってくるときも、いつも一緒だ。多分マサはそれに嫉妬して、テッちゃんのことを年上なのに『テツ』と呼びすてにする。母ちゃんが「あの子たちのお父さんは黒部ダムの工事現場で一緒に働いていて、水が出たとき一遍に死んでしまったんや。葬式のときは、かわいそうで見とれんかった」と言っていた。そのダムも去年完成したけれど、死んだ人間は戻ってこない。
セイちゃんのお母さんは映画館のキップ売り場で働いていて、僕らをいつもフリーパスで中に入れてくれていた。とてもキレイで、優しい目をしたひとだ。言葉づかいも集落のおばちゃん連中とは違って上品だった。セイちゃんもお母さんに似て、キレイな顔立ちをしている。小学六年生にしては大人びた雰囲気があって、『にっこり』と微笑みかけられると、顔や胸がなぜか熱くなって妙な気分になる。
 マサが溜息をついて、眉根をよせながら深刻そうに続けた。
「さっき、ウメばあさんとこに菓子を買いに行ったんや。そのときにテツにも聞いてみたんや、セイコちゃん知らんかって」
「うん、なんて言っとった」
「知らんって言っとった。ここんとこ一週間ぐらい菓子も買いに来とらんし、前の登校日にも来とらんかったって。『心配しとったとこや』って言っとった」
「そら変やなー。そういえばここに来るとき見たら、セイちゃんとこの家だけ玄関の戸も窓も全部しまったままやったもんなー」